声明・アピール

     2013年

陵墓古墳の保護対策強化についての要望書(2013.10.1)

2013年10月1日
宮内庁長官
 風岡典之様

陵墓関係15学・協会
幹事団体 日本考古学協会
大阪歴史学会
京都民科歴史部会
考古学研究会
古代学協会
古代学研究会
史学会
地方史研究協議会
奈良歴史研究会
 日本史研究会
日本歴史学協会
歴史学研究会
文化財保存全国協議会
歴史科学協議会
歴史教育者協議会

陵墓古墳の保護対策強化についての要望書

 私たちは、貴庁のご理解をいただき、1979年以来、陵墓古墳(参考地含む)の保全整備工事にともなう事前調査を見学し、また2008年からはこれとは別に陵墓地の立入り観察を行ってまいりました。近年の見学を通して、陵墓古墳の予想以上の損壊状況を目の当たりにし、改めて陵墓古墳保全の難しさを実感しております。

 貴庁において計画的・継続的な保全整備工事が実施されておりますが、少なからぬ陵墓古墳において周濠の滞水や巨木の繁茂による損壊が進んでおります。また現状において、同じ古墳にもかかわらず、貴庁管理地とその外側に区分されているものが多く、周濠・周堤が破壊されたり、宅地化が進む状況も続いています。このまま事態が悪化すれば、貴重な陵墓古墳を良好な姿で維持し未来へ継承していくことが危ぶまれます。

 こうした現状は、陵墓を管理する貴庁にとっても、陵墓古墳を文化財保護法の理念をふまえて国民共有の歴史遺産として未来に伝えていくことを願う私たちにとっても、きわめて憂慮すべき事態ではないでしょうか。こうした状況に対処するためには、土地所有や管理区域の枠を越えて陵墓古墳全体の保護を図るべきであり、文化庁や地元自治体とも連携しながら、国をあげてこの問題に対応する合意形成と体制づくりが不可欠と考えます。私たちも学術面からの支援や協力をいたします。

 いま百舌鳥・古市古墳群では、世界遺産推薦にむけての準備が進められ、地元自治体が遺跡の範囲確認調査を継続し、関係機関により保存管理計画策定の協議が行われています。世界遺産の準備が進むこの機運において、貴庁におかれましては、省庁の垣根を越えて、陵墓古墳の保護により一層取り組んでいただくことを強く願うものであります。

 以上の認識をふまえて、次の2点を要望いたします。

1.文化庁・地元自治体と密接に連携し、史跡指定等の適切な方法を駆使して、陵墓古墳の一体的かつ実効ある保護策を、国をあげて早急に講じられること。

2.陵墓古墳の保護に対する国民の理解と支援を得るためにも、陵墓古墳の一層の公開を 進められること。



2013年10月1日
文化庁長官
 青柳正規様

陵墓関係15学・協会
幹事団体 日本考古学協会
大阪歴史学会
京都民科歴史部会
考古学研究会
古代学協会
古代学研究会
史学会
地方史研究協議会
奈良歴史研究会
 日本史研究会
日本歴史学協会
歴史学研究会
文化財保存全国協議会
歴史科学協議会
歴史教育者協議会

陵墓古墳の保護対策強化についての要望書

 私たちは、宮内庁のご理解をいただき、1979年以来、陵墓古墳(参考地含む)の保全整備工事にともなう事前調査を見学し、また2008年からはこれとは別に陵墓地の立入り観察を行ってまいりました。近年の見学を通して、陵墓古墳の予想以上の損壊状況を目の当たりにし、改めて陵墓古墳保全の難しさを実感しております。

 宮内庁において計画的・継続的な保全整備工事が実施されておりますが、少なからぬ陵墓古墳において周濠の滞水や巨木の繁茂による損壊が進んでおります。また現状において、同じ古墳にもかかわらず、宮内庁管理地とその外側に区分されているものが多く、周濠・周堤が破壊されたり、宅地化が進む状況も続いています。このまま事態が悪化すれば、貴重な陵墓古墳を良好な姿で維持し未来へ継承していくことが危ぶまれます。

 こうした現状は、国民共有の文化財の保護にあたる貴庁にとっても、陵墓を管理する宮内庁にとっても、陵墓古墳を文化財保護法の理念をふまえて国民共有の歴史遺産として未来に伝えていくことを願う私たちにとっても、きわめて憂慮すべき事態ではないでしょうか。こうした状況に対処するためには、土地所有や管理区域の枠を越えて陵墓古墳全体の保護を図るべきであり、宮内庁や地元自治体と一層の連携を進め、国をあげてこの問題に対応する合意形成と体制づくりが不可欠と考えます。私たちも学術面からの支援や協力をいたします。

 いま百舌鳥・古市古墳群では、世界遺産推薦にむけての準備が進められ、地元自治体が遺跡の範囲確認調査を継続し、関係機関により保存管理計画策定の協議が行われています。世界遺産の準備が進むこの機運において、貴庁におかれましては、省庁の垣根を越えて、陵墓古墳の保護に積極的に取り組んでいただくことを強く願うものであります。

 以上の認識をふまえて、次の2点を要望いたします。

1.宮内庁・地元自治体と密接に連携し、史跡指定等の適切な方法を駆使して、陵墓古墳 の一体的かつ実効ある保護策を、国をあげて早急に講じられること。

2.陵墓古墳の保護に対する国民の理解と支援を得るためにも、陵墓古墳にかかわる関係 機関の調査や公開・活用に対する支援を進められること。

ピースおおさかの展示リニューアルについての申し入れ(2013.10.2)

2013年10月2日
 ピースおおさか 館長 様
 展示リニューアル監修委員 様

大阪歴史学会
  代表委員 今井修平

ピースおおさかの展示リニューアルについての申し入れ

 9月13日に公表された基本設計(中間報告)に対し、下記の通りの意見と要望を申し入れますので、ご検討いただきますようお願いします。

 大阪空襲を起点に、かつて日本が戦争をしたこと、大阪が焼け野原になり多くの人々が死んだことを伝え、戦争の悲惨さを知ることを通じて平和の尊さを理解し、平和の実現がわれわれの共通の課題であることを考えてもらう、これがピースおおさかの設立理念であり、また展示リニューアルにおいても継承されているものである。

 しかし、この目的を果たす上で、基本設計(中間報告)には問題があるように思われる。そこで、以下、上記の目的を念頭に問題点と要望を記す。

1.基本的な内容について
(1)全般的な問題点
 大阪空襲や戦時下の暮らしが展示の骨格であるとしても、「平和を自分自身の課題として考える」ためには、なぜこうした悲劇が生まれたのかという問いに対し、日本が戦争を引き起こした事実やそれがもたらした惨禍全体を学ぶことが不可欠である。その事実を受け止めた上で平和への志向につなぐ必要があるだろう。大阪の「被害」という一面だけでは、そこから平和の大切さを考えたとしても、一般論的な理解にとどまり、例えば「勝てる戦争をすればよかった」といった考えを引き出しかねない。日本の戦争を学ぶB展示の部分が重要であり、戦争の犯罪性を明確なメッセージとして伝えなければ、平和のために「私たち一人ひとりが今できることは何かを考え」る基軸があいまいとなる。

(2)戦争の悲惨さの全体像を伝える
 出発点に大阪空襲を据え、また戦時下の暮らしを示すことは有効であろう。しかし、大阪で起こった悲劇を身近に感じた上で、それを戦争による惨禍全体に敷衍させて考えなければ、戦争のもたらす悲惨さを理解することにならない。この場合、太平洋戦争に傾斜することなく、日中戦争を含む東アジア・東南アジアにおける戦争も正面から取り上げる必要がある。アジアや太平洋地域においてどれだけの命が失われたか、抽象的でなく事実に立脚した全体像を示し、戦争の引き起こした結果を見つめる展示が望まれる。

(3)戦争は人間が引き起こすものであること
 戦争が招いた悲惨な結果を知ることは、なぜ戦争が起きたのか、なぜ日本は戦争を引き起こしたのかを考えることにつながる。「世界中が戦争をしていた時代」というまとめ方は、戦争の絶えない時代に原因を求め、人間が引き起こした事実を不明瞭にする。B展示のところで、(2)のように戦争の惨禍全体を示すとともに、それをもたらした日本に戦争責任があることを明確にしておく必要がある。

(4)なぜ日本は戦争を引き起こしたのか
 なぜ日本は戦争を行ったのか、多大な犠牲を払うまでやめられなかったのかという疑問に対し、これを考える材料が示された展示にする必要がある。そのためには、戦争がどのように進められ拡大を続けたのかを知るとともに、戦争を決定しその遂行に国民を導いた側だけでなく、国民の多くも戦勝を喜び戦争を支持した姿を示す必要がある。かつての日本がたどった過程を知ることが、いまのわれわれが「平和を自分自身の課題として考える」ための基礎となるだろう。

(5)平和を願う施設として世界へ
 平和の実現は世界共通の課題であり、平和へのメッセージを世界に発信する施設となることを願う。韓国や中国はじめ海外から多くの旅行者が訪れる大阪城のなかにあり、世界との相互理解に大きな役割を果たす可能性をもつ。平和を願う施設として世界とつながるためには、大阪空襲を出発点として、戦争と平和という普遍的課題に観覧者をどう導くのかという点が、展示設計の根幹となる重要課題になる。上記してきた内容をふまえた展示計画を設計されたい。また、館として戦争をしない決意を明確に示し、平和に取り組む活動を継続する必要があろう。

2.基本設計(中間報告)に即して
 以上、中間報告では具体像がまだ不明瞭であるが、基本設計にかかわる重要と思われる課題を整理した。次に、公表された基本設計(中間報告)に即して要望点を示す。


・プロローグとして、設立の経緯や設立理念を伝える。
・全体説明の場でもあり、そのために必要な構成を考える。


・「世界中が戦争をしていた時代」は、例えば「アジア太平洋戦争への道のり」といった表現に直す。
・B1にあたるものは導入として短くし、B2の内容を十分なものとする。
・単なる戦争史の概観でなく、なぜ日本が戦争に邁進してきたか、立ち止まることができなかったのかを考えさせるものとする。
・それぞれの戦争の犠牲者の全体像を示す。
・アジア太平洋地域における日本軍の軍事行動の全体像を示す。
・アジア太平洋戦争のもたらした惨禍に対する日本の戦争責任に言及する。


・軍都大阪とよばれた歴史、第四師団や大阪砲兵工廠に言及する。
・大阪の部隊の徴兵状況や軍事行動、戦没者にふれる。
・子供たちが見た出征や身近な兵士の死にふれる。
・実物資料をできるだけ活用する。
・防空演習が毒ガス投下を前提としたもので、その背景に日本軍による毒ガス開発があったことにふれる。


・戦略爆撃の歴史、日本の中国爆撃にもふれる。 
・写真と証言のみならず、実物資料を添えて、想像する材料を増やす。
・大阪に残る空襲の跡について示す。
・死没者のみならず、多くの行方不明者、傷ややけどを負った人々に言及する。
・大阪空襲死没者名簿の作成経緯や現在も確認作業を継続中であることを紹介する。


・「たくましく生きる大阪」は、例えば「大阪復興と戦災者の救済」といった表現に直す。
・復興したという面のみを取り上げるのでなく、それが簡単には進まなかったこと、元に戻るわけではないことを示す。
・戦争被害が報われない不条理なものであることを導く。


 ・日本や世界の平和祈念施設や研究機関を紹介する。
 ・世界の平和にむけての地道に取り組んでいる機関や個人を紹介する。

以上

     2012年

根来寺遺跡一乗閣移転予定地の保存を求める要望書(2012.10.5)

2012年10月5日

和歌山県教育長
  西下博通様

大阪歴史学会
  代表委員 今井修平

根来寺遺跡一乗閣移転予定地の保存を求める要望書

 一乗閣移転予定地の保存を求める2012年2月10日付の本会の再要望書について、ご回答がいただけませんでした。2011年7月12日付の最初の要望書に対する回答と同じである場合も含め、個々の要望点に対する、和歌山県の考え方や方針をお聞きしたかったのですが、誠意のない姿勢に落胆いたしました。

 最初の要望書に対する貴教育委員会からの平成23年7月29日付の回答では、遺跡の性格や評価に対する見解は表明されず、調査委託先の作成する報告書で示すとのことでした。そこで、ようやく刊行された報告書にもとづき、調査内容を点検したところ、疑問を抱かざるを得ない所見があり、全体としての遺跡の性格判断についても、城郭的性格をもつとみる本会の見解を訂正する必要はなく、またそうした遺跡評価のためのポイントとなる部位が未解明で、調査が十分でないことを確信いたしました。

 そこで、別紙のような質問書を添え、あわせて再々度の要望書を提出いたします。2012年11月中頃を目途に、質問点を含めて、ご回答いただきますようお願いします。

(1)丘陵頂部には遺構が残存しており、記録保存の調査として不完全であり、全面調査を改めて実施すること。

(2)城郭的遺構とみる本会の指摘に対する和歌山県教育委員会の見解、および城郭的遺構でないとする和歌山県教育委員会の判断について、公式に表明すること。

(3)この調査区の取り扱いそのものは、和歌山県文化財保護審議会での審議を経て、和歌山県教育委員会が決定すること。

(4)一乗閣については、明治期の県会議事堂として貴重なものであり、その歴史的意義を示しうる本来の場所において活用を図ること。

(5)史跡根来寺境内保存管理計画策定委委員会でも、蓮華谷川以西についても史跡指定の範囲として検討対象に含める意見が強いようであり、同委員会において、蓮華谷川西側の尾根の取り扱いについて十分な審議をおこなうこと。

大阪人権博物館・大阪国際平和センターおよび近現代史博物館構想に関する申し入れ(2012.6.16)

大阪府知事 松井一郎様
大阪市長 橋下 徹様
大阪府市特別顧問 橋爪紳也様

大阪歴史学会代表委員
小田 康徳

大阪人権博物館・大阪国際平和センターおよび近現代史博物館構想に関する申し入れ

 このたび、大阪市は大阪人権博物館(リバティおおさか、以下、この通称を用いる)について、廃止に向けて検討する方針を示し、補助金を今年度限りで打ち切ることとし、大阪府もこれに追随することが表明された。一方、大阪国際平和センター(ピースおおさか、以下、この通称を用いる)については、同センターがリニューアルの検討を進めており、また府市とも平成24年度予算にそのための調査費を盛り込みながら、現在、府市統合本部の特別顧問のもとで見直しが進められている。そして、両施設に対する見直しの一方、新たに近現代史に関する教育施設(以下、「近現代史博物館」とする)を設置する構想が打ち出された。

 「リバティおおさか」と「ピースおおさか」の取り扱い、および新たな近現代史博物館との関係整理については、府市統合本部の議事によると、両既存施設についてのリニューアル案と、近現代史博物館の構想骨子案にもとづいて判断がなされるようである。近現代史を学ぶ施設が必要であるとの知事・市長の強い意向に比して、府市が設立し維持してきた両既存施設への理解は希薄である。

 近現代史博物館を設置する趣旨について、橋下市長は、これまで近現代史の教育が疎かにされており、偏狭なナショナリズムもそこに起因し、韓国や中国の反日感情がどこからくるのか、その理由を知らなければならないとする。こうした発言からうかがえる意向には賛同でき、アジアや太平洋諸地域において日本が展開した戦争を含め、日本の近現代史を学び考える場を設ける意義は大きいだろう。

 新たな近現代史博物館は、戦後を含めた近現代史全体を扱うものになると思われるが、既に「ピースおおさか」において、満州事変からアジア太平洋戦争に至るいわゆる15年戦争期の資料が収集され研究の蓄積もある。15年にわたる昭和の戦争について、さらに戦時下の暮らしや大阪の空襲被害、さらに現在も続く紛争等について学び、世界の平和を願う展示施設として、「ピースおおさか」は大きな役割を果たしてきている。また、「リバティおおさか」が扱っているさまざまな人権問題についても、近世以前からの歴史にふれているが、部落差別をはじめ、展示のほとんどは近現代史および現在の課題を取り扱っている。そして、両施設がめざす世界平和の実現や人権の尊重は、新しい近現代史博物館においても、展示を通して観覧者に自ら考えてもらうべき今日的な重要項目であることに変わりはない。

 「ピースおおさか」と「リバティおおさか」の設立は全国的にも意義深く、国内外から多くの観覧者を集め、学校教育等にも大きな役割を果たしており、大阪府と大阪市が共同して両施設を設置し維持してきたことに敬意を表するものである。リニューアルが必要としても、両施設の存在意義はいささかも減じるものでなく、また近現代史博物館に期待される機能と相反するものでもない。展示内容に知事や市長の不満があるとしても、それが府民や市民の意見であるとして、一方的に廃止や整理を進めることは許されない。府民や市民が両施設をどのように考えているか正確に意見を把握すべきである。

 一方の新しい近現代史博物館については、意義は認めるものの、「新しい教科書をつくる会」などのメンバーも参画させるとの意向に危惧を覚えざるをえない。日本の近現代史の理解や考え方には、研究者のみならず府民や市民にもさまざまな考え方があり、実際には何を選択するかが重要となる。市長も考える材料としての資料を示すことが重要であると発言しているように、あらかじめ定まった考え方に基づきそれに即した資料を配置するものであってはならない。

 以上のことから、今後の府市統合本部における検討において、まだ新施設の概要が示されていない段階ながら、なによりも両施設の設立趣旨や果たしてきた役割を十分に評価しその機能を継続すべきことを、まず強く申し入れるものである。

 とりわけ「ピースおおさか」については、取り扱っている15年戦争期は、新しい近現代史博物館においても展示内容の柱のひとつとなるので、新施設へ統合される可能性が低くないであろう。もし仮にそうした方向になった場合、大阪府市による「ピースおおさか」の設立理念、そして収集してきた資料や研究蓄積、培ってきた展示内容、利用者や関連施設との連携などの蓄積は、すべて新施設に引き継ぐべきものであり、運営する(財)大阪国際平和センターの人材を含め、基本的に全体を継承すべきことを申し入れる。

 大阪歴史学会としては、大阪府・大阪市で検討が進む「ピースおおさか」と「リバティおおさか」の取り扱い、および新博物館構想について、大阪に基盤をおく歴史学会として大いに関心を寄せており、現時点における見解を、以上、表明する。

     2011年

『新しい歴史教科書』を引き継ぐ自由社版・育鵬社版歴史教科書の採択に反対する声明(2011.7.17)

 本年3月30日、文部科学省は、2012年度から使用される中学校教科書の検定結果を公表し、社会科歴史分野では「新しい歴史教科書をつくる会」主導で作成された『新しい歴史教科書』(自由社発行)、「新しい歴史教科書をつくる会」から分かれた「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」主導で作成された『新しい日本の歴史』(育鵬社発行)が、それぞれ検定を通過したことが明らかになりました。

 私たち歴史研究者は、10年前に『新しい歴史教科書』(扶桑社版)が登場して以来、天皇中心・国家中心の歴史観に基づく自国中心的な歴史叙述が持つ問題点を指摘し、この教科書が採択され教育現場で使用されることに反対の意思を表明してきました。

 今回検定を通過した両社の教科書は、全編を通じて自国中心的な歴史認識に基づく叙述がなされているという点では、従来の扶桑社版『新しい歴史教科書』と全く変わっていません。

 例えば、歴史を学ぶ意義や姿勢を述べた巻頭部分(自由社版では「歴史を学ぶとは」、育鵬社版では「歴史の旅を始めよう」)には「日本の歴史は、どの時代を切ってもすべて、私たちの共通のご祖先が生きた歴史なのです」(自由社版)、「歴史の旅を進めていくと、私たちが住んでいる日本という国は、古代に形づくられ、今日まで一貫して継続していることに気づくと思います」(育鵬社版)と記されています。日本列島にはあたかも太古より単一の民族による単一の国家が存在したかのような記述であり、ここに端的に表現されているように、両社の教科書を貫くのは、日本国家・民族の一貫性・継続性を強調した、超時代的・血族主義的な歴史観であり、日本列島の歴史・文化の成り立ちの多様性は捨象されています。

 前近代史では、「一万年の縄文時代には、日本人のおだやかな性格が育まれ、日本文化の基礎がつくられたという説もある」としたり、聖徳太子の十七条憲法を解説して、「人々の和を重視する考え方は、その後の日本社会の伝統となった」とするなど、日本の社会・文化の固有性の起源をいたずらに古い時代に求めたり、また、元寇の脅威とそれへの「勇敢」な対処を大いに強調する一方、秀吉のバテレン追放令発令の理由として、「宗教的に寛容な国柄」の日本に「一神教」であるキリスト教が入ってきたことをあげ(いずれも自由社版)、他国や異文化と対置して、日本民族や日本文化の優秀性が強調されています。

 江戸時代の記述では、平和や繁栄の側面が強調される一方、農村の実態や身分差別、アイヌや琉球の人々への記述が少なく、平板で一面的な理解となっているとともに、「武士道と忠義の観念」「二宮尊徳と勤勉の精神」(自由社版)と題するコラムを掲載するなど、精神性・道徳性を強調する記述もみられます。  近現代史では、日露戦争における奉天会戦や日本海海戦の勝利を大きく取り上げ、「植民地にされていた諸民族に、独立への希望をあたえた」(自由社版)と評価し、韓国併合については鉄道・灌漑施設などの建設やハングル文字を導入した教育が行われた点を、台湾統治においては水道・治水事業に従事した八田與一の事績をそれぞれ強調して、日本の植民地支配を正当化しますが、植民地現地における過酷な支配や弾圧の実態についてはほとんど触れられていません。

 また、外圧による対外危機を過度に強調し、第二次世界大戦(両社とも「大東亜戦争」との表記を併用しています)に関しては、日本の被害者的立場を強調し、「戦争の勝利を願う多くの国民はよく働き、よく戦った」(自由社版)としながら、戦争の過酷な実態や戦時下の厳しい生活などについては記載が乏しいなど、極めて偏った記載がなされています。さらに両社ともコラムで昭和天皇を取り上げ、「昭和天皇−国民とともに歩まれた生涯」(自由社版)、「国民とともに歩んだ昭和天皇」(育鵬社版)と、高く評価しています。

 ここにあげた事例は、両社の教科書記述のほんの一部にしか過ぎません。天皇や国家そのものに多くの関心が注がれる一方、民衆や社会的弱者への視線は希薄です。日本の過去の植民地支配や戦争行為を意識的に正当化する考え方も教科書全体に通底しています。

 これからの時代を担っていく中学生がこれらの教科書によって歴史を学ぶことになれば、日本の歴史や文化について一面的な見方しかできず、異文化を理解し諸外国・諸地域のひとびとと交流し健全な国際関係を育くむ上でも、大きな障害になりかねません。

 現在、「新しい歴史教科書をつくる会」や「改正教育基本法に基づく教科書改善を進める有識者の会」「日本教育再生機構」などの団体が、政財界を巻き込み、各自治体の首長・議会、教育委員会などに対して、両社版歴史教科書の採択を請願する動きを強めています。

 また橋下徹大阪府知事が率いる「大阪維新の会」の大阪市議団は、改正教育基本法と新学習指導要領に沿って中学校教科書を採択するよう、6月末に大阪市教育委員会に対して申し入れを行いました。市議団の行為は教科書名こそ特定しないものの、市教育委員会に対する明らかな干渉・圧力行為であり、教科書採択にあたっては本来中立であるべき市議会議員団としてはあるまじき行為です。

 このように、ルール無視がまかり通り、本来、公正かつ客観的であるべき教科書採択のあり方が脅かされている現状は、大いに問題があると考えます。

 私たち歴史研究者は、中学校歴史教科書の採択をめぐる昨今の状況を甚だ憂慮するとともに、問題の多い自由社版・育鵬社版の歴史教科書が採択され教育の場に持ち込まれることに強く反対するものです。


 2011年7月17日

大阪歴史科学協議会(委員長・塚田孝)
大阪歴史学会(代表委員・小田康徳)
京都民科歴史部会(代表・小林啓治)
日本史研究会(代表委員・高橋昌明)

     2010年

大阪市公文書館の機能充実に関する要望書(2010.3.29)

 二〇〇九年六月、公文書等の管理に関する法律(公文書管理法)が成立した(二〇一一年四月施行予定)。同法は、年金記録問題など、ずさんな公文書の管理による問題が多発したのをうけて制定されたものであり、公文書を「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」(第一条)と位置づけ、地方公共団体にも適切な文書管理施策を実行するよう求めている(第三四条)。もとより地方分権や市民協業がうたわれるなか、市政をあとづけ住民の権利と自治に関する重要事実を記録した公文書の保存・公開は、地方自治の根幹にかかわる責務として位置づけられねばならない。一定年限が経過したのちに歴史的・文化的価値を有する公文書の移管を受け、保存・公開することで、未来にわたって市民への説明責任を果たすという公文書館の役割は、ますます大きくなっている。

 大阪市では二〇〇六年に公文書管理条例が制定され、現用・歴史的公文書の一貫した管理体制の整備が進みつつある。しかし、公文書館は二〇〇八年に情報公開部門と機構上分離されたにもかかわらず、依然として歴史的公文書のための公開基準は策定されておらず、利用者数も伸び悩んでいる。また現用文書と同様の公開基準を前提に、文書の個人情報記載箇所に粘着テープでマスキングを行う「精査」と呼ばれる作業が行われている。こうした状態は、長期的な観点から市政に関する説明責任を果たすことを妨げるばかりか、市民の共有財産である公文書の破壊にもつながりかねない。

 さらに、大阪ワールドトレードセンタービル(WTC)を大阪府が購入するのにともない、同ビルに入居している市の各部局も移転するが、その過程で公文書、とりわけ文書管理規程等の施行前に作成された未登録文書が廃棄されることも懸念される。

 にもかかわらず、大阪市は、一月二五日に開催された大阪市公文書館運営委員会において、二〇一〇年度から公文書館の運営業務を、事実上すべて非常勤職員に委ねる方針を表明した。これは、二〇〇九年に実施された「事業仕分け」の結果、館の運営事業について「考えられる限りのコスト削減に積極的に取り組み、効果的・効率的な館運営を図」ると表明した点を前提にしていると見られる。しかし、こうした方針は、公文書館の機能を大きく後退させる恐れがあり、見過ごすことはできない。

 以上をふまえ、私たちは大阪市に以下の点を要望する。

 一、公文書管理法の成立をふまえて、文書の移管・選別や調査・研究も含めた公文書の保存・公開体制について、今後、どのような形でその充実をはかるのか、その考え方を示すこと。

 二、WTCからの部局移転にともなう文書廃棄を防ぐために具体的な措置を講じること。

 三、歴史的公文書の性格をふまえた公開基準を策定して、文書の公開を進めること。

 四、文書等の破壊につながる「精査」を停止し、適切な保存体制を構築すること。

 五、二〇一〇年度からの非常勤職員のみによる館運営という方針を見直し、公文書館運営体制の充実をはかるため、専門職員も含めた適切な人員の配置と予算の確保に努めること。

 私たちは、一九八〇年代以来、大阪市公文書館の設立を後押しし、設立後も館の事業の推移を見守ってきた。近年は、公文書館を含めた地域の資料保存団体が連携し、資料利用の拡大をはかる方策も提言している。大阪市公文書館の利用拡大や機能充実のため、私たちには協力と支援を行う用意がある。今回の措置によって公文書館事業が縮小・後退することはゆるされない。私たちは、大阪市が公文書館機能の充実のため、一層の努力を払うことを求めるものである。


 二〇一〇年三月二九日

大阪歴史科学協議会委員長 塚田孝
大阪歴史学会代表委員 平雅行

 大阪市長 平松邦夫殿

大阪府公文書館の統合・移転に関する要望書(2010.1)

 大阪府は、昨年一二月一七日に臨時開催された大阪府公文書館運営懇談会の場で、公文書館の府政情報センター(本庁)への統合・移転と、それを前提として、同館が所蔵する公文書等のうち、文献資料の一部を、府立中央図書館と中之島図書館に移管することを表明した。さらに一二月二九日の新聞報道によると、橋下徹知事は、府立国際児童文学館の跡地(吹田市)に、公文書の保管庫を設ける意向を固めたという。しかし、これらの措置には大きな問題がある。

 第一に、統合・移転が、公文書館の所在する帝塚山の敷地売却や児童文学館の跡地利用など、目先の事情からのみ考えられており、歴史的公文書も含めた公文書の保存・公開機能とその充実に関する構想がまったく見えないことである。

 第二に、現用公文書と歴史的公文書の一体利用による利用者増加を言いながら、公開窓口と書庫を分離するという構想は、利用者である府民の利便性をまったく無視しており、合理性を欠いていることである。

 第三に、これら一連の措置が、運営懇談会への十分な説明もないまま、公文書の保存・公開に関わる専門的知見を何ら経ない形で進められていることである。

 いずれにしても、私たちは、今回の措置が大阪府の公文書館機能に重大な障害をもたらすのではないかと強く危惧する。そもそも大阪府公文書館は、収蔵する公文書がいまだに一二〇〇〇点に満たず、府職員自身の利用もきわめて少なく府庁内での位置づけが弱いこと、資料公開基準が十分に整っておらず歴史的公文書の利用が伸び悩んでいることなど、多くの問題を抱えている。

 現在、地方分権の推進が課題とされ、自治体行政の手法や住民参加のあり方も大きく見直されている。また年金記録問題に象徴的なように、ずさんな公文書管理を原因とする問題が多発したのを機に、公文書管理法も成立した(二〇一一年施行)。公文書館機能の充実は、いまや民主主義や地方自治の根幹に関わる重要な責務なのである。

 大阪府が地方自治体としての役割強化を求められている現在、国や市町村、そして何よりも府民との関係において、公文書の保存・公開機能は、一層の充実をはからねばならない。府政を跡づけ、府民の権利と自治に関わる重要な事実を記録した公文書は、その保存期間終了後も、適切に選別・保存され、広く一般に公開される必要がある。公文書館事業の成否は、橋下徹知事が標榜する「地方分権」の試金石と言えよう。
 以上をふまえて、私たちは大阪府に以下の点を要望する。

 一、公文書館の統合・移転と資料移管の必然性、またその手順の妥当性について再考し、あらためて公式の場をもうけて説明を行うこと。

 二、公文書管理法の成立をふまえて、現用公文書の管理にくわえ、歴史的公文書の保存・公開機能について、今後、どのような形でその充実をはかるのか、その考え方を示すこと。

 三、所蔵資料の移管・廃棄や組織変更、要綱・規程の改変など、公文書館機能の重要な変更に関しては、館の専門員や運営懇談会の意見を聴取し、その判断を尊重するとともに、府民はもちろん、資料保存に関わる専門家の意見にも配慮して適切な措置を講じること。

 四、全部局を対象に一定期間経過後の公文書を統一的に管理する仕組みを整えるとともに、現用文書・非現用文書の性格をふまえた適切な公文書公開基準を策定し、以上のために必要な人員とスペースを確保すること。

 私たちは、一九八〇年代以来、大阪府公文書館の設立を後押しし、設立後も同館の事業の推移を見守ってきた。近年は、公文書館を含めた地域の資料保存団体が連携し、資料利用の拡大をはかる方策も提言している。大阪府公文書館の利用拡大や機能充実のため、私たちには協力と支援を行う用意がある。今回の措置によって公文書館事業が縮小・後退することはゆるされない。私たちは、大阪府が公文書館機能の充実のため、一層の努力を払うことを求めるものである。


 二〇一〇年一月 日

大阪歴史科学協議会委員長 塚田孝
大阪歴史学会代表委員 平雅行

 大阪府知事 橋下徹殿